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コロナ禍で変わるオフィスの在り方コクヨが提言する新たなチャレンジと実践

長い歴史を持つ老舗のブランド企業と聞くと、みなさんはどのようなイメージを持たれるでしょうか。成功、安定、継続的で普遍的といったイメージが多いことと思います。「Campus」シリーズのノートでお馴染みの、日本を代表する文具メーカーであるコクヨ株式会社(以下、コクヨ)もそういった老舗ブランドの一つです。

2020年より多くの企業に影響を与えたコロナ禍でも、コクヨはこの危機を新たなチャンスと捉え、これまで築き上げてきた安定、継続的な成長にとどまらず、果敢にも新たな取り組みや社内施策にチャレンジしました。コロナ禍で働き方やオフィスについての価値観が変わっていくなか、コクヨが打ち出した新たな対策や提言について、同社の働き方改革タスクフォース タスクフォース長 新居 臨(あらい のぞむ)氏にお話を伺いました。

2021年11月取材

新たな企業理念「be Unique.」 そこに秘めた企業としての強い思い

私たちコクヨは1905年に創業し、今年で116年という長い歴史を持つ企業です。もともとは創業者である黒田善太郎(くろだ ぜんたろう)が帳簿の表紙店として開業したのが始まりで、その後は紙を主とした紙製品メーカーとして成長してきました。その歴史のなかで転機になったのが、薄合板を使ったキャビネットの製造。そこからスチール家具(製造)事業やワークプレイスのコンサルティングなど、幅広く事業を展開してきました。

コクヨを代表する商品にキャンパスノートがあります。「使ったことがある」という方も多いのではないでしょうか。1975年に誕生したこの商品は、非常に多くの方々にご愛用いただき、弊社にとって大変強い成功体験となりました。価値の高い定型のものを、流通チャネルを活用して国内に広く大量に提供するということは、事業拡大はもちろん、「商品を通じて世の中の役に立つ」という、創業時からの企業理念をより高める機会ともなりました。そしてお客様から、誠実さや真面目さ、信頼、安心などのイメージを持っていただけるようになったのです。そういった歴史があるからこそ、116年もの間、企業として生き抜いてこられたのでしょう。

ただ私たちは、自社が大きな岐路に立っているということも実感していました。長い歴史で得た立場に留まるというということは、企業にとっては停滞ではなく衰退とも考えられます。時代に合わせて変化していかなければ、真の成長にはならないのです。市場環境の変化は年々スピードを速め、個々のお客様のニーズも多様化・細分化しています。このままでは、コクヨは市場に求められない企業になってしまうのではないかという危機感を強くしていたのです。

これまで続けてきたお客様への価値の提供の仕方を、大きく変えるべき時期なのではないかという考えが強くなり、それは2015年に5代目の社長として就任した黒田英邦(くろだ・ひでくに)も同じ思いでした。そのため、企業理念の刷新についての話し合いを行ってきたのです。そして今回、これまで大切にしてきた「商品を通じて世の中の役に立つ」という言葉を礎にしつつ、新たな未来を切り拓いていくために、企業理念の刷新を実行。それが「be Unique.」です。

一般的に英語で「Be Unique」というと、「ユニークであれ」という命令形に直訳されます。しかし、この言葉はそういう意図ではありません。会社や従業員が「私たちユニークでしょ?面白いでしょ?」とアピールしているのではなく、コクヨの商品やサービスで得られる体験が、お客様にとって創造性を刺激するものになるように、快適な暮らしを提供してそれぞれの個性をさらに輝かせるものになるように。そして、そのための企業努力は惜しまないという思いを込めたもの。だからこそ、あえて文頭を小文字にしてキャピタルではない表現にしているのです。

新たな理念を実現するためにビジネスの在り方を根本的に変えていく

今、私たちは根本的なビジネスの在り方を大きく変えていこうとしています。これまでは「働く・暮らす・学ぶ」という、つながりつつも分かれた、それぞれの領域で価値をご提供してきましたが、これからの社会は、会社のためだけでなく、自己実現のために働くという考え方が強まっていくでしょう。すると、「働く・暮らす・学ぶ」の距離はもっと近くなっていきます。そういった時代に合わせて、ノートやペンで学びをサポートする、スチール家具でオフィス環境の整備に貢献する、などのモノの提供だけではなく、どう学びたいのか、どう働きたいのか、という点に対して支援をしていくというビジネスモデルを進めていこうとしているのです。

ワークアズライフやワークライフインテグレーションという言葉があるように、仕事とプライベートを分けて考える時代は終わり、これからはそれぞれがより近くなっていきます。私たちコクヨも消耗品を大量に生産・提供するサービスだけでなく、お客様の希望や要望に寄り添いソリューションモデルをつくるサービスを手がけ、モノからコトのサービスを提供しようと歩み始めています。そのためにデジタルの活用も積極的に進めているところです。

私たちのオフィスでは、まず自分たちが実験体となって新しく開発したサービスを試すなど、多くの取り組みを行っています。たとえば、ここ品川オフィスでは、デスクの使用状況をビーコンで読み取り、誰がどこにいるのか一覧化し、オフィスの滞在率が一目でわかるようにしています。その他にもオフィス内をパトロールするロボットの導入や、オフィス内で「笑顔」になっている人の割合の数値化、自然光や自然音による生産性の変化など、さまざまな導入実験を実施。そこで成果が出たものをサービスとしてお客様に提供していくのです。

コクヨがスタートさせた新たな施策と、「非連続な成長」というキーワード

企業が革新に取り掛かる場合、小さな変化から徐々に大きくしていくのが通例です。もちろんそういった考えもありましたが、代表の黒田が私たちに与えたのは、「非連続な成長」というキーワードでした。「自分たちが得意なものからチャレンジしていく連続的な成長は、すでに企業として経験している。新しいことに大胆に挑戦して成長を試みるべきだ」という、経営サイドの意気込みでもあったのです。

その決意を強く実感したのは、社内の服装についての規律を変える際でした。当初は服装の柔軟化についてテスト期間を経た後に代表に提案したのですが、返ってきたのは「柔軟化?なぜ自由化じゃないの?」という意外な言葉。「禁止事項があるままでは、結局は既存のルールに縛られたものでしかなく、非連続な成長にはならない。サンダルでも短パンでも、個人が考え判断したものなら信頼して任せましょうよ。大丈夫!」と言いきったのです。これには驚きましたね。会社が予め決めたルールを押し付けるのではなく、従業員個人が判断することに意味がある。会社側が個々の従業員を信頼しているからこそ、新しい企業理念「be Unique.」を実現できるという黒田の一貫した強い意思を改めて感じました。

2019年の5月には社内で「CCC2030」という2030年に在りたいコクヨの姿を考えるプロジェクトがスタートし、さまざまな部門から50人以上のメンバーが部門を横断して集まりました。専任は2名のみで、基本体には兼任してプロジェクトに携わっています。大きくは事業戦略・運営戦略に分かれ、ここから新しいイベントやルールなどが議論の末に生まれています。

こうした新たな取り組みから生まれた新しい文化やルールは、浸透させることが一番難しいものです。そこで長期ビジョンを正式にリリースした後の周知には、Webタウンホールミーティングを徹底して行っています。タウンホールミーティングとは本来、経営陣と従業員が直接対話できる集会ですが、コロナ禍ということもあったので、Web上で社長が全従業員とコミュニケーションが取れる場を設定。現場の意見が伝聞ではなく直接伝わるメリットに加え、社長の黒田が「従業員に対して自分で直接語りたい」という想いも叶えるためでした。これには海外にいる従業員とも行えるというメリットもあります。

もちろん、新たな社内施策や制度には冷ややかな目や反対意見がつきものです。私たちもこれまでにさまざまな施策を行ってきて、うまくいくものもあれば、失敗したものもたくさんありました。しかし、失敗や否定的な反応を恐れず、繰り返し続けてきたからこそ、今も成功した施策が続いているのだと思います。社内に一定数いるインフルエンサー的な従業員を巻き込みつつ続けていけば、少しずつ根付いていくものです。

コロナ禍の逆境を新たな機会と捉え、デメリットは課題として取り組む

多くのビジネスにとって、新型コロナウイルスの影響は打撃でした。弊社でも請け負っていた工事が中止になるなど、先行きが不透明で不安な部分も多かったのですが、その状況が長引くにつれ、オフィスについてや働き方についての相談を受けるようになったのです。リモートワークの環境、労務管理の問題などについてのアドバイスを求められることも多くなりました。オフィスを構えることの必要性を問う声も聞こえていましたが、実はオフィスの役割が変わっただけで、それに気づくことが重要ということをお客様にもお伝えしています。実際にコクヨのファニチャー部門では、コロナ禍でのオフィスの在り方の変化に対応したこともあり、今年の上期に過去最高水準の売上を達成しています。

もちろん、社内で政府の方針に従って在宅勤務を半強制的にスタートさせた時には、部署によって不安や不満の声も多くありました。しかし少しずつリモートワークが定着していくと、そういった声も少なくなり、賛成の声に変わっていったのです。

単にコロナ禍というと、大変だったデメリットにばかり目が行きがちですが、弊社ではデメリットは今後の課題として前向きに捉えています。例えば、中途や若手社員など、まだ会社に慣れていない従業員が気軽に上司や同僚に確認することが難しい、ふとしたタイミングの意思疎通についてはまだまだ課題があります。物理的な距離によって、今までは無意識にできていた周りからのさりげない支援が難しいのです。これまで見えていた業務のプロセスが見えづらくなり、評価についての納得感についてもなかなか上がってこないという点も課題の一つです。これらを解決しないと帰属意識が薄れたり、成長実感が希薄になったりするのではないかという懸念を持っています。

通勤時間を削ることで従業員自身の時間ができ、家族や自分のために使える時間を得らえたことはリモートワークの大きなメリットで、フィジカル・メンタルともにバランスが取りやすくなります。デジタルコミュニケーションのベーススキルが得られたことも、リモートワークがあったからこそです。一方、創造性を発揮するためには、リアルに集まって作業をすることが、やはり効果的。これは、さまざまなツールを試したうえでの実感です。だからこそ、出社とリモートワーク、両方のメリットを活かし、心理的安定性を維持できるルール設計が必要なのです。

最近では日本の新規感染者の数が劇的に減少し、弊社でも次の段階の働き方を考えていますが、基本的には以前のような100%出社に戻ることはないと思っています。それを前提に、出社しても出社しなくても、しっかりと業務がこなせるよう、ハイブリットワークのルールを策定していき、出社の割合についても、従業員が自身で設計するよう自律的な行動を促しています。私たちはこのように、コロナ禍でもメリットを見つけて活かし、デメリットは課題として対応するようにしています。

オフィスを再定義する新たな提案の場「THE CAMPUS」

「THE CAMPUS」※は、コクヨが所有するオフィスビルをリノベーションし、コクヨが長期的視点で社会課題解決に取り組んでいく活動を通じて、未来につながる価値を探求するための実験・実践する場所として設立されました。自社のオフィスに加えて、お客様や地域の皆さまにご利用いただけるエリアを併設しています。情報が錯綜し、人が持つ価値観や暮らし方、そして働き方も大きく変化する時代、オフィス関連事業に深くかかわるコクヨとして、これからのオフィスの在り方を見つめ直し、2030年の働き方はどのようになっているかをコクヨなりに考え、提案するべきではないかと、この計画がスタートしました。実は、「THE CAMPUS」を手がけたのはすべてインハウスのデザイナーです。計画途中でコロナ禍となり、状況に合わせて短期間で設計を練り直さなければならないという不測の事態もありましたが、その苦労も彼らの経験の一つとなったのではないでしょうか。話題性を狙って社外の有名デザイナーに依頼することも可能でしたが、社内の人材に新たな経験をさせたいという代表の意向もあり、実現したプロジェクトです。

この空間は、市場環境変化に合わせた次世代の働き方・暮らし方を提言する場。コクヨの従業員自らが体験することで、中長期的な社会課題解決に向けた新たな環境をお客様に提案することができますし、もちろん社外の方にも利用してもらえるよう、開放しています。実際に「THE CAMPUS」へ行くと、多くの方が利用されていて、この場が受け入れられていることを実感できますね。この「THE CAMPUS」のコンセプトである「街に開く」ということが、まさに実現した場所だと感じます。実は、コクヨには今まで直営の店舗がなかったのですが、新たに設置したことで使う方のリアルな声を聞くこともできます。何より、たくさんの方がここを楽しんでいただいているのがうれしいですね。ストリートピアノも置いているのですが、小さいお子さんが弾いてくれることがあり、その様子を見るとこちらまで幸せな気持ちになります。

お話ししてきたように、企業理念の刷新を含め、コクヨではさまざまな施策や取り組みにチャレンジしています。そのなかでも成功の可能性が高いものはいいのですが、問題は失敗のリスクを伴うもの。誰もが失敗はしたくないものですが、コクヨではそういった取り組みの場合でも失敗は責めないということを大切にしています。これはコクヨオリジナルの呼び名ですが、失敗した部下を責め、手柄は自分のものにするような上司を「フリーライダー」と呼び、決して許しません。他人の努力を横取りしていいところだけを享受するようなことはあってはならないのです。

今後の取り組み

THE CAMPUSでは「街に開く」ということをコンセプトに、一般の方も参加できるイベントも行っています。その一つが、株式会社スマイルズさんが主催する「PASS THE BATON MARKET」という企業のデッドストックや規格外品を扱う蚤の市への共催です。日本の倉庫を空っぽにすることで新たな創造性が誕生する可能性を探ろうというイベントで、THE CAMPUSを会場として、インテリア・ファッション・フードブランドなどが出展し、販売やワークショップなど、さまざまな催しが開催されます。

こうした他社との共催イベントに関しては、社会的な課題の解決につながるものであれば基本的に利用料なしで開催いただいています。新たな企業理念だけでなく、創業時から大切にしてきた「商品を通じて世の中の役に立つ」という考え方を守っているからです。長期的な社会課題解決のために私たちコクヨに何ができるのか、それを実現する場としてTHE CAMPUSをさらに活用していく予定です。

こうしたイベントにはコクヨの従業員も業務の一環として、メンバーに参加させています。さらに今後は社内のイベントについてもメンバー選抜ではなく公募制を上手く取り入れて、意欲のある人が参加できるようにしていこうと考えています。

まとめ

長い歴史を持つ会社はどうしても古い体質からの脱却が難しいもの。しかし今回取材したコクヨは違いました。非連続な成長を目指し、さまざまな取り組みのなかに見える一貫性。それは、会社が定めなくても、自ら自律性を高めて自分で働き方を決められる従業員を育てるという姿勢です。そのために上司や経営陣は強い決意を持ち、従業員への揺らがない信頼を持っているのです。それがこのコロナ禍においても、チャンスを見つけ逃さない、企業の強みとなっているのでしょう。

そこから生まれた施策には創業時からの理念が生きつつも、クライアントに新たな価値を提案・提供できる、生きた学びがあります。企業として挑戦をあきらめず、自社の成長とともに社会的な課題にも取り組もうという視点には、企業にとっても、そして人材育成にとっても、多くの気付きがありました。

※[THE CAMPUS]
リノベーションした自社ビルの一部を、社会に開かれた実験場「みんなのワーク&ライフ開放区」として開放。都市におけるセンターオフィスの再定義 [THE CAMPUS]として、2021年グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)を受賞した。

コクヨ株式会社
働き方改革タスクフォース
タスクフォース長 新居 臨(あらい のぞむ)氏