オンボーディング Onboarding 「新卒社員」や「中途社員」が辞めない仕組みづくり
『オンボーディング』とは、新入社員をスムーズに社内に溶け込ませ、パフォーマンスを上げさせるための一連の仕組みづくりを言います。この冊子ではHR先進国であるアメリカ企業の事例も踏まえ、人材育成のための最新のメソッドを解説。
オンボーディングの具体的な取り組み方をご紹介しています。
パフォーマンス管理
公開日:2019.4.4
クラウドなどのテクノロジーを活用した人事関連ソリューションである「HRテクノロジー」の発達が目覚ましい昨今。2023年には市場規模が1,000億円以上※になると予測されています。HRテクノロジーは今後どこまで伸びていくのか、そしてこれらの技術により企業の人事はどのように変化していくのか? HRテクノロジーの第一人者である、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授の岩本隆氏に今後の展望を伺いました。
※ミック経済研究所調べ 同社がカバーしているクラウド系企業への調査をベースとした市場規模
目次
岩本氏:
日本のHR業界は今後も伸びていくと思います。
欧米では人事の領域が広く、CHRO(Chief Human Resource Officer)とCFO(Chief Financial Officer)の連携が進んでいます。人事部はコストや投資の観点からも人財を見る必要があるため財務のことがわからないといけないし、財務も数字で人を管理できないといけません。こうした背景を受けてHRテクノロジー系やフィンテック系の会社がM&Aで統合されて、すべて一社で対応できるようになっています。財務と人事のクラウドアプリケーションを提供しているWorkdayや、ビジネスソフトウェア大手のSAP、オラクルとかがそれにあたります。
ところが、日本の企業、特に昔からの慣習である年功序列や終身雇用制度などが残る大企業では、すべての人事情報をデータ化することに、あまり積極的ではありません。とはいえ、今これだけHRテクノロジーの活用が世間一般的に叫ばれている中で、各企業が「自分の会社はやらなくていいのか…?」という考えになり、まずは採用方法の改善あたりから始めてみようという流れが一般的なようです。
WorkdayやSAPなどの大手企業は会社全体のシステムをまとめて入れ替えるような大きな企業向けの市場を狙っているので、採用の部分だけサービスを利用したいというような規模が小さいところにはあまり売りたくないという事情があります。そこでベンチャー企業が出している、一部だけの機能に特化したようなサービスが売れていくのです。
このようにユーザーとなる企業側の事情を受け、HRテクノロジー系の大手企業が苦戦しているので、実は今、日本がHRテクノロジーのベンチャー大国となっているのです。ニーズが小さくてもマーケットが成り立つからです。
日本のHRテクノロジーのスタートアップ企業の売上を見ていくと、だいたい20~30億円くらいのところが多いです。今、国内にはHRテクノロジーのベンダー企業が数百社あります。HRのカオスマップだけでも300社以上の企業が出てきています。それだけで売上数百億円規模の市場ですよね。
ただ、ニーズが小さい分「一社あたり売上100億円くらいまでは見えるけれど、それ以上が見えない…」というのが、今のHRテクノロジー企業に共通した課題です。HRだけやっていると、いずれ飽和状態になってしまうでしょうね。
そこで各社とも1,000億円企業を目指すにはどうしたらよいか、ということをいろいろ考えています。そして今、注目が集まっているのがHRと他のテクノロジーを掛け合わせたサービスを開発、提供することです。
岩本氏:
最近はフィンテックがHRの領域に入ってきています。特に中小企業向けのサービスで難しいのは、与信がなかなか通らないことなんですね。会社としてリスクを抱えたくないから、ビジネスの取引をする会社が問題ないかどうか与信を通すことはとても重要です。その点、フィンテック系ベンチャー企業など会計情報を握っている会社は、その状況がわかるので強いです。
あとマーケティングやセールスとの掛け合わせもありますね。Salesforceが人事の分野にも入ってきました。Salesforceは社員が今何をやっているかというダイナミックな行動データがとれます。人事データと連携させて、その人の成績、スキル、コンピテンシーと日々の行動を見ながら、「君はここを改善していくといいよ」と具体的なアドバイスができるようになります。直近はこのような行動系データを活用するベンチャー企業が増えてきていますね。
そして今、一番盛り上がっているのが脳科学(ブレインテック)、神経科学(ニューロテック)といった人間科学と密接に絡んだ分野です。
自律神経の状態がパフォーマンスに影響することは昔からの研究で判明していて、交感神経と副交感神経のバランスがよいとパフォーマンスもよくなります。実は今、自律神経のデータを簡単に取得することができて、自分の一日のうちで、交感神経と副交感神経のバランスが取れている時がいつなのかわかるようになると、自分のパフォーマンスをコントロールできるようになります。今、全世界で大企業もベンチャー企業もこの開発、研究に取り組んでいます。
日本では2017年8月に、東北大学加齢医学研究所の川島研究室と株式会社日立ハイテクノロジーズが、脳科学などの生体データを活用する「NeU(ニュー)」という会社を新たに作りました。ここではヘッドセットで脳波をとって、そのデータを元に働き方改革や商品企画・設計などの提案を行っています。
毎年ラスベガスで開催されているイベント「CES」は世界中の企業が集まる世界最大級の製品見本市で、そこで2018年に話題となったのが睡眠技術(スリープテック)です。睡眠の質を上げることでパフォーマンスが上がると言われているので、いかに質の高い眠りを提供するかに注力した製品に注目が集まりました。
ここまで範囲が広がってくると、HRというより「人」に関するテクノロジーになってきますね。人のパフォーマンスを上げるという観点から見ると、今後はHRだけにとどまらず、ヘルスケアや医療も視野に入ってくると思います。
HRテクノロジーと比べると、フィンテックをはじめヘルステック、ブレインテック、ニューロテックなど他のテクノロジーの方が圧倒的にテクノロジーのレベルが高く、他の領域で研究、開発された技術がHRの領域に入ってきています。将来的にHRテクノロジーがどうなっていくかについては、他のテクノロジーの動向を見ていくと予測できるでしょう。
岩本氏:
旧来型の人事のように事務作業がほとんどで社員情報を管理するだけというのでは、全部クラウドで自動化されるので、仕事がなくなってしまうでしょうね。今、人事の役割が変わってきていて、これからの人事は管理業務を行う部署ではなく、人事や組織を活用して経営者目線で経営戦略に深く関わる「戦略人事」をせざるを得ない状況だと思います。
そのためにはどうすればよいか。私はこれからの人事担当者は「デジタルHRプロデューサー※」になることを推奨しています。デジタルHRプロデューサーとは、進化し続けるデジタルテクノロジーの最新動向を把握し、最適な技術を活用し、自社の人事戦略の策定から実行までをプロデュースする人材として定義しています。経営という観点から会社を見たときに、人事において何が重要か、またその課題に対してどのような仕組みを作るか、ということに対して全体をプロデュースする力をつける必要があります。
専門領域は人事だけでもよいですが、それに加えてテクノロジー、経営の3つの分野を理解して、テクノロジー、経営の分野の人とコミュニケーションがとれて、マネジメントできるようになるとよいですね。たとえわからなかったとしても、自分の知らない単語や分析手法など出てきたら、Wikipediaで調べるくらいはしてほしいかな、と思います…(笑)。
とはいえ、テクノロジー、経営、人事の3分野全てに精通した人材は少ないのが現状だと思います。それでHR業界のさらなる発展を目的として、2018年から「デジタルHRプロデューサー養成講座」を始めました。
※デジタルHRプロデューサーは一般社団法人企業研究会が商標登録しています
HRテクノロジーの先進国であるアメリカでは、データサイエンティストがHRの領域に転職してきます。各企業の人事担当者になって、「デジタルHRエキスパート」という肩書で人事情報のデータ分析を3年くらいやると、その実績を見た他社からより高給で引き抜かれるんですね。アメリカでは人事担当者がこのようにキャリアアップしていくのが日常茶飯事です。
この流れで、最近日本でも「デジタルHRエキスパート」を目指す人が増えてきました。特に若い世代だと、テクノロジーを活用することに抵抗がないので柔軟に取り組む方が多いですね。「デジタルHRエキスパート」を目指すなら、テクノロジーを難しく考えない、そして何より経営について勉強する、関心を持つ、ということが大事です。
面白いことに、HRテクノロジーについて熱心に取り組んでいる企業の人事担当者の方は、初めから人事だったという方が少ないのです。HRテクノロジー大賞を受賞した株式会社サイバーエージェントのように、急成長している会社の人事は、営業出身などビジネスを理解している方が任命されるケースが多いです。
これまでは大量生産で同じものを作れば売上が上がり、それでビジネスが成り立っていた時代でしたが、今はそうはいきません。飲食店ですらマニュアルで対応しきれなくなっています。人に依存するビジネスが多く、人材のマネジメントが売上に直結する時代です。
このような時代だからこそ、テクノロジーでできることに人の時間をかけず、いかにパフォーマンスを上げていくか、ということが重要になってきます。人事が経営とものすごく近い存在になってきているのです。
そのために必要なのが、人財戦略を実行し徹底する、経営者としての「CHRO(最高人財責任者)」という存在です。この考え方は経済産業省も積極的に推進しています。欧米ではCHROという役職が一般的にありますが、日本ではまだ数えるほどしかいません。
そこで「一般社団法人日本CHRO協会」を立ち上げて、人事担当者向けに経営と人財に関する課題や挑戦を共有する場を提供していくことにしました。
経営者目線で人事を考えられる人材を育成していく、学校、研究機関など含めそのような土台を用意する、というのが今後のミッションだと考えています。
岩本 隆氏
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。
外資系グローバル企業での最先端技術の研究開発や研究開発組織のマネジメントの経験を活かし、DIでは、技術系企業に対する「技術」と「戦略」とを融合させた経営コンサルティングや、「技術」・「戦略」・「政策」の融合による産業プロデュースなど、戦略コンサルティング業界における新領域を開拓。KBSでは、「産業プロデュース論」を専門領域として、新産業創出に関わる研究を実施。
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