オンボーディング Onboarding 「新卒社員」や「中途社員」が辞めない仕組みづくり
『オンボーディング』とは、新入社員をスムーズに社内に溶け込ませ、パフォーマンスを上げさせるための一連の仕組みづくりを言います。この冊子ではHR先進国であるアメリカ企業の事例も踏まえ、人材育成のための最新のメソッドを解説。
オンボーディングの具体的な取り組み方をご紹介しています。
オンボーディング
公開日:2022.2.15
最近、オンボーディングという言葉が、日本のHR業界においてよく聞かれるようになりました。高齢化社会で労働人口の減少が懸念されるなか、離職防止に効果があると言われるオンボーディングに注目が集まっています。そもそも、このオンボーディングとは、どのような意味で、具体的にどのようなことを行うのでしょうか。なぜ、ここまで注目されているのか、その背景から効果・効能、必要なプロセスなどについて解説します。
目次
ビジネス用語としてのオンボーディングには、二つの意味があります。一つは、人材の定着、離職防止に効果的で、主にHR業界で使われる「オンボーディング」。もう一つはカスタマーサクセスにおいて、ソフトやアプリケーションなどで、新規ユーザーが使い方をすぐに理解できるよう支援するプロセスを指す「オンボーディング」です。ここではHR業界で使われるオンボーディングについて説明します。
オンボーディングは、飛行機や船に乗るという意味の「on-board」から生まれた造語です。
新入社員が入社してから研修を受け、組織やチームに馴染んでいく一連のプロセスを、乗り物に搭乗することにたとえています。
せっかく採用した新入社員が会社に馴染めない、なかなか実力を発揮できないなどの理由で退職してしまうのは、会社にとっても大きな損失です。そこで入社間もない新入社員がすぐに活躍できるよう環境を整え、会社に定着してもらう施策としてオンボーディングに注目が集まり始めました。
欧米ではすでに多くの企業が取り入れており、日本国内でも導入する企業が増えてきています。
新入社員の教育方法として、これまでは新卒の学生を一括採用して4月から集中的にオリエンテーション研修を行っていくという方法が一般的でした。しかし近年は、職種や働き方の多様化により、中途入社も増加しています。現在の日本社会では終身雇用制度が薄れつつあり、転職はより一般的なこととなってきたことも要因でしょう。
以前と比べて従業員の入退社が頻繁に行われるようになったことに加え、入社前に抱いたイメージと違う、組織やチームに馴染めないなどの理由から、研修期間中に早期退職を決意してしまうケースなども増えてきました。そのためオンボーディングのように、いち早く新入社員を戦力化すること、社内になじみやすくすることで離職を防ぎ定着率を向上させるプロセスが求められるようになってきたのです。
しかしながら、オンボーディングが万能というわけではありません。業界や職種の特徴によって合わない場合もあります。実際に導入するかどうか、会社の主要な職種との向き不向きを確認してから検討するとよいでしょう。
その他、オンボーディングについて動画でも解説しています。
オンボーディングに取り組むことで、入社間もない新入社員がいち早く会社になじみ、実力を発揮できるようになる、というメリットを先ほどお伝えしました。その他に、どのようなメリットがあるのか、詳しく見ていきましょう。
従業員が退職すると、補充人員の採用にコストも時間もかかります。また採用後の各種手続きや教育、研修にも工数がかかります。オンボーディングにより新入社員が会社の雰囲気に慣れ、本来の実力を発揮できるようになると、本人もやりがいと居心地のよさを感じ、退職せずそのまま活躍し続けてくれます。その結果、従業員の離職率が低下し、会社に人材が定着することで、採用活動やその後の手続きや教育、研修にかかる工数を大きく削減可能。結果、採用に関わる全体的なコストを抑えられます。
HR業界において「エンゲージメント(engagement)」は、従業員が会社に対して持つ愛着心や思い入れ、会社と従業員がお互いに信頼し合う強い絆で結ばれた状態を意味する言葉として使われています。オンボーディングによって、会社の一員として迎え入れられた新入社員は、心理的安全性を得ることでより働きやすくなります。その結果、会社や組織、チームのメンバーとの価値観を共有しやすくなり、絆も深まっていきます。エンゲージメントが高まることは、会社にも従業員にもさまざまなメリットがあるのです。
オンボーディングで、どのようにエンゲージメントを高めていけばよいか、こちらの記事「組織の一体感を高める!オンボーディングで生産性を上げる方法」でも説明しています。
エンゲージメントが向上すると、従業員は今まで以上に仕事に対しやりがいや熱意を持って取り組むようになり、結果的に成果もついてきます。そうして成功体験を積み重ねていくことで、ますます従業員のモチベーションも高くなっていきます。自分自身やチーム、会社の成長に向けて自発的に動く従業員が増えるため、改善案などが活発に出るようになり、社内コミュニケーションが活性化します。こうしたプラス要因が積み重なっていくことで、会社全体の生産性が向上するのです。
ここまでは、なぜオンボーディングがHR業界で注目を集めているのか、その意味や背景、取り組むことで得られるメリットなどについて解説してきました。では実際にオンボーディングの導入を行う場合、具体的に何を準備していけばよいのでしょうか。予め用意しておくべきものから、各フェーズで必要となるものについて説明していきます。
オンボーディングは新入社員の定着を全力で応援できるよう体制を整え、部署や企業が全体で協力しながら進めるべきものです。そのために全社一丸となって取り組み、きちんとした協力体制を築くことがポイント。特定の従業員にばかり負担がかかるような状況は避けましょう。そのためにも、経営者や役員など企業の上層部からオンボーディングを実施する目的や意義について発信してもらいましょう。特に人事部門が先導して、事前に研修や社内報などを通じて社内全体に周知させることも同時並行で行うとよいでしょう。
実際に会社でオンボーディングを導入する際の流れについて詳しく説明していきます。
-目標を設定する
オンボーディングは、目的を持たずに実施しても意味がありません。まずは会社に生じている問題を具体的に調査するところから始めましょう。たとえば、新入社員の離職率が気になる場合は、実際に過去の退職率がどのように推移しているか確認します。そして、会社で解決するべき問題は何か、どのように解決したいのか目的を決めます。どのような状況になれば問題が解決したと言えるのか、具体的な数値目標を掲げるとよいでしょう。目標がはっきりとしていれば、施策の見直しや評価がしやすくなります。
-原案を作成する
いきなりオンボーディングのプログラムを作成しようとしても、範囲が広く内容も細かいためスムーズに進めるのは難しいものです。まず、大まかな全体像を原案として作成するとよいでしょう。どういった取り組みをすれば問題を解決できるのか、具体的にどんな能力やスキルを身につけてもらいたいか、きちんと実践可能な内容になっているかといった点を検討していき、徐々にブラッシュアップさせていくのがポイントです。
-オンボーディングプログラムを完成させる
プログラムについては、社内で何度も話し合いをすることが大切です。直接業務に携わっている従業員にも積極的に話し合いの場に参加してもらいましょう。実現可能かつ、十分に目標を達成できる見込みのあるプログラムにすることが重要です。特定の部署や従業員に負荷がかかり過ぎていないか、全体のバランスもこのタイミングで確認しておきましょう。
-オンボーディングプログラムのPDCAを回す
プログラムに関係する従業員については事前説明や研修を受けてもらいましょう。プログラムを実施する目的や意義、内容、注意点などをきちんと理解してもらうことが目的です。そして、実際にプログラムを実行してからも、きちんと積極的にフォローしましょう。ある程度の期間が経過したら成果について確認します。取り組みを評価して、問題点がないか見直し、修正できる点を直したら再び新しいプログラムを実施。PDCAを回し、これを繰り返していくことで、会社にとって本当に価値のある施策を実現できます。
新入社員が早期退職を決める理由の一つに、会社や組織・チームに馴染めないという問題があります。いち早く新しい環境に馴染んでもらうためには、まず会社や業界のことを理解してもらう必要があります。新入社員の理解を深めるために、下記を用意しましょう。
これらを面接の段階から取り入れておくと、会社の業務内容や雰囲気が合わないと感じた学生は応募しなくなるため、ミスマッチによる早期退職という問題を未然に防ぐことができるようになります。理解したうえで応募し入社となった場合は、会社や業界への理解が深まっていて、より短期間で担当業務に慣れることでしょう。
今では、オンボーディングの取り組みをサポートするためのサービスも登場しており、クラウドなどで比較的安価に導入できるツールも出ています。採用管理システムや人事情報システムなどと連携できるツールもあれば、プロセス管理やタスク管理ができる便利なツールもあるので、自社の環境に合わせて補強したい部分に活用するとよいでしょう。
株式会社リクルートキャリア※の調査によると、特に中途入社の新入社員は入社後のパフォーマンスが発揮できた人の8割が、入社前に人事とのコミュニケーションをとっていたというデータがあります。
具体的には下記のような内容を話しておくとよいでしょう。
▼入社前に人事がとるべきコミュニーション
□その企業で働く従業員の話
□入社を検討するうえで十分な情報を得られているかの確認
□入社後に想定される部門や不安をどう解消すればよいか
□その企業で働くことについてのメリット、デメリット
□転職目的についてのヒアリング
□入社後のキャリアパスに関する説明
□入社後、どんなことを期待しているか
入社後にパフォーマンスを発揮できた人とそうでない人で、特に差が大きかった内容が「入社を検討するうえで十分な情報を得られているかの確認」、続いて「入社後に想定される部門や不安をどう解消すればよいか」でした。この内容について入社前にどれだけしっかりコミュニケーションがとれているかにより、入社後のパフォーマンスに影響してくるということでしょう。
※https://www.recruit.co.jp/newsroom/recruitcareer/news/20190424.pdf
また、Googleの社内調査によると、入社初日に受け入れ体制を整え準備しておくと、入社3カ月以内のパフォーマンスが30%向上すると言われています。具体的には雇用契約書や社内ルールの案内などの手続きから、仕事で使用するメールやPCなどシステム面での準備はもちろん、配属予定部署や教育担当者(メンター)とのランチや社内ツアーなどコミュニケーション面での事前準備も必要です。
事前に準備しておくべき項目をこちらの記事でチェックリストにまとめてご紹介していますので、併せて参考にしてみるとよいでしょう。
新入社員が担当業務に慣れることができるように、オンボーディングでは以下のようなプランを用意します。
メンター制度とは、先輩が教育担当者として付くことを意味します。早期離職の理由の一つとして、職場の人間関係の難しさがあります。新入社員が人間関係を上手く築けるように手助けすることが、人事の大きな任務と言えるでしょう。新入社員の性格を把握してそれに合ったメンターを付けたり、交流会を開いたりといった配慮が必要となります。人間関係には以下のようなプランを用意すると、より効果的です。
オンボーディングでは、部署やチーム内の同僚、上司、さらには別の部署のメンバーも加わって、会社全体で新入社員を育てることになります。新入社員は社内の多くの従業員と人間関係を築くことができ、既存の従業員もオンボーディングでよい刺激を受け、よりよい関係を育てることができます。
オンボーディングを通じて社内の人間関係が広まると、職場全体としての団結が深まり、会社に対する愛着度、エンゲージメントも高まります。自分の会社のために貢献したいという意識や自発的に業務に取り組む姿勢を、各従業員に芽生えさせることができるでしょう。従業員同士の人間関係が深まれば業務上の意思疎通も円滑に行われるようになり、個人の能力の底上げにつながり、業績にも好影響を与えます。
入社後に取り組むオンボーディングの施策については、こちらの記事「入社式からの90日が鍵!新入社員が辞めないオンボーディングとは」でも詳しくご紹介しています。
早期退職の主な理由の一つでもある「人間関係」は社内のコミュニケーションと密接な関係があります。社内コミュニケーションの質を高める目的でイベントを開催するのも、オンボーディングの取り組みの一つです。コミュニケーションを活性化させるために、BBQ、社員旅行、新年会、忘年会、お花見などの、いわゆる定番と呼ばれる社内イベントを既に実施している企業もいることでしょう。ここではユニークなイベントで、人間関係を改善した他社の事例をご紹介していきます。
-未来工業:写真コンテストの賞品が有給休暇実質1年分、有給休暇50日分
「日本一社員が幸せな会社」と評判の電気設備メーカー、未来工業では2015年に費用総額は2億円超の豪華な海外社員旅行が実施されました。旅行中の写真によるコンテスト企画では、新会社設立及び社長就任権、有給休暇実質1年分、有給休暇50日分などが賞品になったそうです。一連の企画は「社員を大事にする」という会社側の姿勢を表現したもので、結果、やる気が引き出され、従業員たちは、会社の利益を最大化すべく、以前に増して活発なコミュニケーションを取るようになったといいます。
-ロバート・ウォルターズ・ジャパン:カジノで懇親会
グローバル人材に特化した人材紹介会社であるロバート・ウォルターズ・ジャパンは、従業員の懇親パーティーをカジノで開催しました。会場は上品かつゴージャスに飾り付けられ、珍しいパフォーマンスショーも繰り広げられたそうです。非日常空間でのワクワク感や、語らずにはいられない体験などを共有した従業員たちの間には一体感が生まれ、交流を深めるという狙いは見事に果たされました。
-ソニー:従業員によるジャズオーケストラ演奏会
ソニーでは、従業員によって構成されたジャズオーケストラによる社内演奏会が評判です。1994年に創設され、社内外のイベント、自主ライブなど積極的に演奏活動を行っているそうです。日頃の練習や演奏会の準備を通じて、部署や世代を超えた従業員同士の交流が生まれます。こうした趣味のサークル活動や発表会の開催は、一つの目標に向かって力を合わせる参加メンバーの関係性が、仕事にも活かされていくのが特徴です。
-オリエンタルランド:アトラクションを利用したカヌー大会
東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドでは、年に1回チーム戦のカヌー大会が行われています。1チームの人数は13人、総勢約2,000人が参加するというから驚きです。タイムで勝敗を競い、練習や本番を通じて一体感や仲間意識が生まれるそうです。大会には、東京ディズニーランドにあるアトラクション「ビーバーブラザーズのカヌー探険」が利用されており、乗船した仲間と力をあわせてカヌーをこいでアメリカ河を探険するというのが、オレエンタルランドならではの企画です。
-トヨタ自動車:社内婚活パーティー
トヨタ自動車は2010年より社内婚活パーティーを開催しています。開催頻度は年2、3回程度。パーティーの前には、専門家を招き、身だしなみやコミュニケーションの取り方のセミナーも受けられるようにしているそうです。同社の広報によると「同じ会社に所属しているため、最初から共通の話題が多く、盛り上がる。カップル成立率は4割」と成立する割合が高めです。残念ながらカップル誕生とならなかった場合でも、パーティー中に趣味や人柄などをアピールし合えるため、コミュニケーションのきっかけが生まれます。会社側が「社員の人生を大事にしている」というスタンスを示せる点でも有効なイベントです。
強化したいコミュニケーション上のポイントや、会社側が伝えたいメッセージによって、どんなイベントが効果的なのかは変化します。自社の特性を生かしたイベントや、企業理念に沿った企画を実施して、業績アップにつながる社内コミュニケーションの強化を目指していってください。
2020年以降、新型コロナウイルスの拡大に伴い、感染防止対策としてテレワークを導入する企業が増えてきました。テレワークにより、通勤時間の削減で可処分時間が増え、ワークライフバランス面でメリットを感じる一方、対面によるコミュニケーションが減ったことによりメンバーとの一体感が得にくくなった、という意見もあります。テレワークでオンボーディングを進める際に気を付けるポイントを解説していきます。
-テレワーク用の環境を整備する
出社しなくても業務ができるよう、インフラやツールを整えましょう。テレワークの場合は特に長時間オンラインでいることになるため、ネットワークに負荷がかかっても業務に支障が出ないだけのスペックが必要になります。ツールの使いづらさから生じる業務環境への不満は、モチベーションや従業員満足度の低下につながります。
▼チェックポイント
□会社のネットワークの通信状況(回線が途切れないか)
□支給する業務用PCのスペック
□Web会議ツールの導入
□支給PCにカメラ、マイクがついているか
□各種手続きやルールの周知がオンライン対応になっているか
□研修用コンテンツをオンラインで受講できるか
□社内で使用するコミュニケーションツールの統一
-オンラインで行うオンボーディング体制
非対面でも、やり方を工夫すればオンボーディングは実施できます。コロナ禍をきっかけに、日本全体でさまざまな分野でIT化が進み、テレワークへの理解を示す会社も増えてきました。オンライン面談ツールなどを活用したり、イベントや面談などの機会を設けて社内コミュニケーションをとりやすい環境を目指しましょう。
▼具体例
□全社連絡の周知の徹底(社内ポータルの活用など)
□オンライン会議、研修の実施
□メンター制度の導入、メンターとのオンライン面談
□社内手続き、ルールに関する窓口の明記
□システム、ツールなどトラブルがあった場合のサポート体制
□オンラインイベント開催によるコミュニケーション機会の創出
テレワークで、どのようにオンボーディングを行えばよいか、こちらの記事でも詳しく解説しています。
今、世の中にリリースされているオンボーディング施策を支援する各ツールはオンラインでも利用できます。リモートで対面のフォローが難しい場合など、このようなツールを併用するのも一つの手段です。
この記事では、日本のHR業界で注目を集めている施策「オンボーディング」についてご紹介しました。オンボーディングに取り組むことで、新入社員の早期退職が減り、会社に定着していち早く実力を発揮してもらえるようになります。その結果、会社と従業員のエンゲージメントが高まり、生産性が向上し業績も上がっていくなど、双方に大きなメリットをもたらすでしょう。
ただし、オンボーディングを成功させるためには事前の細かい計画や準備が必要で、かつ、全社一丸となって取り組むことが重要です。これから導入しようとする企業は、オンラインでも活用できるオンボーディング支援ツールの活用も視野に入れつつ、綿密な計画を練ってから実行に移すことをおすすめします。
この記事を書いた人